ハンドメイド作家&講師:稲垣沙夜香(いながきさやか)
出身地:北海道長沼町

・現在出没地域:札幌市近郊&長沼町内のカフェ旨い処をうろうろ&東京都内
・東京にて約5年間ハンドメイド作家活動を経て北海道へ2018秋にUターン移住

<ブランド> Soukore(ソウコレ)
「そうこれ!(Soukore)」と思わず言ってしまうような、いつも身に着けていられるデザインのアクセサリー。見ても楽しめるアクセサリー。

メインはハンドメイドのガラス(バーナーワークでお作りしています)ですが、天然石やコットンパールの作品も取り扱っております。

ガラスアクセサリーはバーナーワークで製作。透明度が高く発色は抜群。
ソフトガラスを使用し、800~1000度の中で作業しております。
ジュエリーのような煌めく一粒を目指して日々製作しております。


作家活動のこれまでの経緯なが~いので読める人だけ読んでね(・ω・)ノ

二十数年前。
北海道のとある小学校&中学校教諭から勤め人の人生がスタート。
するものの・・・5年で疲れ果ててリタイア。音楽の先生なのにメニエール病発症で左耳がおかしくなるwww
よくある話ね。教員はブラック。やりがいあるけど大変すぎる。子どもは好きよ。授業や部活は何ら問題なくやってたし。

その後、事務作業も何もやったことが無いので一般企業の勤め人としては使いものにならず、アルバイトをしながらPCの勉強をする。当時ようやく一般家庭にネットが普及しだした時代。

頑張って当時今のMOS(旧MOUS)を全科上級まで取得。Webの勉強もした。
友人たちが東京に居たために、資格を活かすため&チャレンジのため思い切って30歳目前で上京。

入社した会社がとても良い会社でして、ここから都内大手メーカー11年勤務。

当時流行っていたeラーニングシステム部署に勤務でバッチリ資格が活かせる現場。

とある日、部署の飲み会で目の前に社長。話し込んでいるうちに、教員免許を持っている上に教壇に立った実践者だとバレる。

即トレーナー(社員教育実施部門)の部署へ移動。eラーニングの部署(5年も居た)は人間関係が良かったので好きだったのに。と、泣く泣く異動。怖いよ社員教育なんて!!大人相手の教育なんてしたことがない( ;∀;)

当時は教育トレーナーとしてはまだまだ私は若い。と思っていたので、おじ様たちにナメられまくるんじゃないかという恐怖に怯えながら社員教育の道へGO。当時この会社の女性トレーナーはごく少数。

そんな恐怖とはうらはらに、結局はイキイキと仕事に励むことになる。出張がけっこう楽しい。全国の支社に行ける。温泉に入れる。土地のご飯が食べられる。各地方の人が優しいの(*’ω’*)

全国の営業社員の活動の支援、技術者支援、新入社員教育⇒社員教育の企画、テキスト作成、講師実施。全国の支社をぶっ飛んで回りました。しゃちくのかがみです。2週間家に帰れないとかありました。でも楽しい。

新入社員教育新人研修の風景。なつかしい!(^^)!

その後、結局体がついていかず仕事に疲れ果て(今では良い経験)退職。またメニエール病再発しちゃったんだよね。テンション高く仕事していても体に出てしまうのは仕方ない。自分の体力の容量を超すとイケナイことを再び学びました。でも楽しい思い出いっぱいでした(^^♪

退職前。体を壊して1年間休職。実はここで故郷の長沼町に1年滞在しておりました。

久しぶりに戻った田舎。
衝撃的でした。

空気が美味しい!冬景色
ご飯が美味しい!
まわる寿司まわる寿司のクオリティよ!無限に腹に入る寿司

大自然がすぐ目の前!長沼町内の夕陽長沼町内の朝陽・・・どこで撮ったか忘れたけどiPhone撮りでこの色

ドライブが楽しい♪青い池美瑛の青い池。夏の晴れた日には本当にこの色。

羊蹄山と菜の花羊蹄山と菜の花。蝦夷富士綺麗やで~♪

クッタラ湖クッタラ湖。クッタラブルーと言われる独特のブルーは神秘的。

大都会に住んでいたからこそ今さら分かる田舎の良さ。

この時に故郷に戻ろうと決意。

だけどね。
な~んかやり残したことがある気がして、休職明けに東京に戻りました。

やり残したことって、コレだったのか!
と気づくのが今なんですけど。
本当に好きなことに出遭えました(´艸`*)

ハンドメイドアクセサリーにドはまりしたのは休職明けて東京に戻ってからすぐ。

休職で実家に帰った時には以前の賃貸は引き払っていました。
なので都内で再び賃貸。借りた場所がポイント激高い。
資材仕入場所の問屋、浅草橋へ自転車で行ける距離でした。
仕事終わってからも毎日通えましたよ(*-ω-*)

転職先の会社で昼休みにもランチもソコソコにして浅草橋へ通っていた。もちろん新しい作品をどんどん作るために資材を毎日購入。アホテンション過ぎる。頭悪くてついていくのが大変なIT系の職場で、わがまま言って出来ない仕事避けて(笑)働いてたからけっこう仕事で修羅場ってて辛い時もあったけど、部長や同僚が優しかった。ありがたみしか感じない現在。ありがとう前職場!

隅田川テラス隅田川テラス。ここが通勤ルート(笑)歩いても行ける職場と問屋浅草橋と自宅。

誤解なきよう。
大都会東京も好きですよ。夜景こういう風景も好きなんだよね。見るとテンション上がる。今でもレインボーブリッジの風景とか高層マンションの夜景とか大好きです。あと神社仏閣が好き過ぎて巡りまくりました。浅草寺浅草寺に行けるズルイ場所に住んでた。毎日が観光気分。良いよ夜の浅草寺(^^♪落ち着く。

切子東京の住処は切子のおひざもと。年一回の墨田ガラス市は見て買って楽しい。本当は切子ガラスの製作体験を一度でもしたかったな~。

↓ここからが楽しいハンドメイド生活のお話☆彡

ぶらりと街に出歩いた時に見たネックレス。
ちょっと何か足りない。もう少し好みにしたい。

そんな思いから、友人に作る人が居たので、彼女に教えてもらいました。
その日から突然目覚めたハンドメイドアクセサリー。
楽しい楽しい楽しい~(≧▽≦)

突如目覚めて猛烈に作り出す。
それが約5年前。

とにかく作りたくて作りまくっていた結果、作品が溜まり出す。寝不足です。会社から帰って作る毎日。

手元に沢山作品があるので、友人に配りきれずに雑貨イベントに出展してみた。デビュー出展でそこそこ手に取っていただけたので、気分良くなり、さらに作り出す。

ちょっと自信がまたついたので、minneCreemaiichiのハンドメイドアクセサリーを販売できるサイトに登録してみた。
そしたらちょっと売れてたので、またまた気を良くして作り続ける。
好調でminneとCreemaさんには、ちょいちょい特集で取り上げていただけるようになりました。

そうこうしているうちにハンドメイドデビューから1年が経ち、「アクセサリーの講師をしてほしい」と、ハンドメイドイベントの団体に誘われ、コットンパールアクセサリーのハンドメイド講師デビュー。ワークショップアクセサリー画像ネックレスとピアスをセットで作る贅沢講座。はじめのうちは時間配分読み違えて超過して焦った。ワークショップ1

講師デビュー戦で6名も受講者が集まってくれた。
嬉しい。

また少し講師で自信がついたので、「ストアカ(講師と受講者のマッチングサイト)」に登録。

ゆる~い活動で、月1~2回程のペースで「ストアカ」でハンドメイドアクセサリーのワークショップを地道に開催。
はじめのうちは全く人が集まらなかったけど1名とか2名でも、とにかく開催。

転職先はIT系の部署。
日々頭をフル回転(けっこう無理してた)させながらも、月2回のワークショップで受講者とのコミュニケーションでリフレッシュ。

そんな日々を2年ほど続けていたら、受講者が集まり出して高評価が溜まってきた。試行錯誤で開催していたら、「ストアカ×渋谷モディ(デパート)」コラボ企画のお声がかかり、デパートの中でワークショップを定期開催できることになった。ワークショップの様子

ビジュー講座

余談ですがハンドメイドアクセサリーをはじめた当初からガラスアクセサリーが作りたくて、地道にガラスの教室へ通う。お金が超飛ぶ・・・飛ぶ・・・飛んでった(笑)

ガラス製作風景

ガラスロッド美しいガラスたち。毎日見ていて飽きない。

機材やら資材やら副資材やら、教室に通うお金やらでワークショップで稼いだものはマジで消えていきました。稼ぎの少ないサラリーマンは副業で稼ぐ世の中だけど、私の場合はワークショップや出店の利益(??でもないけど)は全てガラスの勉強代に費やす。

甘くないハンドメイド。某テレビで稼げるとかいうけど、私みたいに勉強で費やしたらあっという間に消えていく(笑)
本気でやりたいことをやろうとすると、諭吉さんが飛んでいく現実デスヨ。甘く見てる人が居るけどね。そうじゃないということにあえて触れておきます。これを乗り越えたのは、ただただ好きなことをしていたからです。

楽しい気持ちは全く変わらないのでやり続けます。

自転車操業(本気でお財布の中が凄まじい状況)の日々。
都内の賃貸マンション家賃たっけぇ!!という中だけど、とにかくハンドメイド続けたくて、ガラスもやりたくて、OL&ハンドメイド講師&バイトをしながら、凄まじい日々を過ごす。ほぼ寝てない。寝不足で突っ走る。

都内のハンドメイドイベントには細々と出続けていました。
それと、長沼町の夕やけ市(毎年5~9月の第四土曜日開催17:30~。食べ物やパフォーマンスの出店)に帰省ついでに毎年3回ほど参加。これを機に数十年会っていなかった同級生や、小学生の担任の先生に会えたりして楽しさ倍増♪夕やけ市参加

イベントの様子

 

ストアカで地道にハンドメイド講師の活動をしていた時、ストアカさんからは楽しいお声かけを沢山いただきました♪

ワールドビジネスサテライトに出たり(笑)
WBS放映しかしこれはプチ反論したい。副業でバリバリ稼ぐ的な意味に捉えられるような内容でがっかり~!違うんだよ。私は生きがいでやってるから実情は赤字なんやけど。私の講座はオリジナルのアクセサリーが自由に作れる。たとえ講座に1名しか受講者がいなくても、資材は豊富にそろえるし、会場費はかかる。それでもやる理由は私の生きがいのため。アクセサリー作りで楽しい場を提供するため。スキルを共有するため。講座受けてくれた受講者なら分かってくれると思うけど、けっこうノウハウその場で渡しちゃう。儲け主義ならスキル渡さずに小出しにして次の講座へ誘導するよね。ストアカ側もこれには苦言を呈してました。2時間の撮影で主旨がまったく違うものになっていた。残念!!テレビ出る時には気をつけよう~~!
出る前にしっかりとした主旨のすり合わせをする時間が無かったので、私も悪かったんだけど。
そして私はすでにこの段階で素人じゃない(笑)しつれいすぎだよね。

こちらは楽しい一日でした。
横澤なっちゃんと子ども向けのアクセサリー動画を製作するために、アクセサリー製作の監修で入りました。名前は表には出ませんが、貴重な体験です。横澤夏子さん。なっちゃんさんは人柄がとても良かった。現場スタッフすらも笑わせてくれるプロです。疲れが吹っ飛びます。心遣いのある優しい方でした。その場で新しいことを覚えて、すぐアウトプットしていく姿は勉強になりました。売れっ子芸能人はすごいなぁ。子供向けアクセサリー資材子ども向けなのでパステルカラーで場がキラッキラ☆彡

 

そうこうしているうちに、デパートの催事に期間限定だけど出せることになったのです。

チャンスは唐突に。

これが2018年の春。

今回ぽっきりかなぁと思っていたら、そうではなくなりました。

夏あたりからは月1~3ペースでデパートの催事に参加できるようになりました。
デパートデパート出展の一例です

ディスプレイ綺麗なディスプレイで置いてもらえています♪

ディスプレイ

このペースなので作り物でめっちゃくちゃ狭くなった都内マンションの一室。
バーナーもマンションの一室でやってました。
この段階でストアカで講師をする余裕が無くなりまして、アクセサリーは製作活動がメインに。講座を待っていた方ごめんね(;O;)

マンションの狭い中だし危ないかもしれない。
バーナーは小型なので出来なくもないけど・・・

でも結局は毎日の思考はコレ。

狭い。
危ない
無理。
場所が狭くて機能性が悪く何度も火傷しています。

むり・・・む~~り~~!!

北海道に帰る。

そう思っていたので、

なう!!

今でしょ(古)

今・・・絶対に今!!

そう思って北海道へ帰ってきちゃった2018年秋。

 

旬な情報発信は下記が早いです。
ツイッター
インスタグラム

地元でワークショップは要望があれば地道に実施する予定です。自宅アトリエの環境は整えました(*’▽’)
新しいバーナーをお迎えしたいので(もっと高温になる)外部にアトリエ建てたい。これは当面の目標。
ワークショップ風景工具持ってハンドメイドアクセサリーをやってみたいお近くの方はお声かけくださいませ。継続的に通う必要もなく工具は数時間で覚えられます。これがアクセサリーを作る基本です。初心者向けのアクセサリー講座になります。講座後は練習をしっかりすれば一人で作れるようになります。そのくらい理論的にポイント抑えて基礎を教える講座です。ちなみにバーナーの講座は実施しておりません。(機材無いと出来ないし、基本的には危ないからね)

北海道へ戻ってきてからハイテンションで製作活動をしています。自宅アトリエの環境を整備して、美味しいものを食べて、睡眠時間は十分にとり、自然を普段から見ることで、またガラス玉のクォリティも上がってきています。
ワークショップガラス作品サンプル
一番変化したのは下の赤いガラス玉。
レッドのグラデーションを出したいのに2層に分かれたものしかできなかったの。
2層になった赤いガラス玉

それが、Uターン移住してから毎日夕陽見ていたら出来たのがコチラ。
夕陽カラーガラス明らかに出来栄えが違う。まさに夕陽カラー。
このガラスには「長沼町の夕やけ」というタイトルをつけたい。横文字だったからカッコイイかもしれないけど、ネーミングセンスがゼロ( ̄▽ ̄)なのでこのままのネーミングで。

こういう夕やけ風景がわが町では見られます。
自然を見るとクリエイティブ脳が刺激されますね。長沼町夕やけ

長沼町の夕やけ
自分的には人生の第5ステージくらいの立ち位置に今は居ます。
今後どこへ行くのか全く見えていませんが(いつも見えてないから人生は面白い)、当面やりたいことがあるので、そのやりたいことに向かってUターン移住した長沼町を拠点に進んでいきます。